2024年06月29日

夢の途中

■ヘッドマウントディスプレイとの長い付き合い

1995年、任天堂よりバーチャルボーイ発売。
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私はこれを、今は無き故郷のジョーシン店頭で体験した。

前年にプレイステーションとセガサターンが発売されていた中で登場したこれは、
発売当時の子供から見ても厳しいものだった。
遊びづらいし、目に悪そうだし。
赤と青のフィルムを張った飛び出す眼鏡、何てのが大昔からあるが正直あれの延長線としか思えなかった。

ゲーム機なら大抵何でも持ってる金持ちのNでさえ、バーチャルボーイを買ったという自慢はしていなかった。

とはいえ、目の前にあるディスプレイを覗き込んで遊ぶという体験自体は唯一無二だったし、
その後の展開を思えば早すぎた代物だったのだと思う。


時は流れて2011年。
SONYからヘッドマウントディスプレイHMZ-T1が発売された。
HMZ01.jpg
目の前に映画館サイズをうたった代物で、HDMIで入力した映像を表示するディスプレイとしての機能だけだったが、
たまたまSONYのショールームで体験して物凄い衝撃を受けた。
深い黒の表現力、まさに映画館のような没入感。
その衝撃は、ショールームを出たその足でヨドバシに行き即予約するほどだった。
据え付けヘッドフォンが貧弱という問題はあったがそれ以外は大きな欠点もなく、個人的には思い出深い家電の上位になる。

このHMZ-T1には開発機のような立ち位置で外部カメラを搭載したバージョンがあり、
現実世界の映像と入力された映像を組み合わせるというようなデモをしていた記憶がある。
性能やコストの問題か後継機のHMZ-T2にも外部カメラが採用されることはなく、そのままブランドは終了してしまった。

続いてPSVRが2016年に発売。
話題にはなったものの買う人はあまりいなかったが、予約をして発売日に購入。
期待ほどタイトルは広まらなかったもののASTROBOTDéraciné、BEAT SABERといった
新時代の体験を感じたゲーム達が出たプラットフォームだったと思う。
ただし映画視聴用途としては、サイズこそ大きいもののお世辞にも画質がいいとは言えず実用に耐えず。

更にPCVRが4Kになったあたりでこちらも導入。
PSVRよりはいいものの、映画を見ようとはあまり思えない状態で
バーチャルな大画面による映画視聴はそろそろ諦め気味。


こうしてヘッドマウントディスプレイに相当するものはいろいろ体験してきましたが
こと映画視聴に関しては正直キチンと組んだホームシアターに勝るものなし、という結論。

家を建てたタイミングでそこそこしっかりした機材を入れて完成。
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なのですが、1つ達成したら人間次の欲が出るもの。

天井高や投影距離の都合で我が家では140インチスクリーンがせいぜいなのですが、欲を言えばもっと大きくしたい。
200インチくらいほしい。
ただ、そこまで大きいサイズにしようと思うと天井高を高くしないと無理だったりします。吹き抜けとか。
でも2軒目建てるプランは今のところないんだよな...

そんな事をつらつら思う最中の2023年。
AppleからVision Pro発表。
HMZ-Tシリーズが実現できなかったパススルー機能も搭載して。

前置きが長くなりましたが、ようやく届きました。
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長かった。
よほどアメリカまで買いに行こうか考えもしましたが、近視の関係でレンズも用意しなければならず
国外で買うといろいろ面倒くさくなるのが目に見えていたので断念。


■60万の価値は

アメリカでの価格は3499$。
発表時のレートで50万前半。
日本とアメリカの物価差なども考え、ジャスト50万にしてくる可能性もあるんじゃないか・・・と
期待していましたが蓋を開けてみれば60万円から。
近視用のレンズも買うとさらにドン。

この値段はなー...と思う一方で、ホームシアター用にプロジェクター、スクリーン、サラウンドシステム等を揃えれば
もっとするのでそう考えると高すぎる、ということもないか・・・?という判断。

今回、vision proに求めたのは既にあるホームシアターシステムを超えるとは言わなくても
シーンによっては利用出来るくらいの映画視聴体験ができるか、の一点に尽きます。

十分な画質で、妥協できる音質で、140インチを超えていくようなサイズを投影できればいい。

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というわけで早速、既存のスクリーンに重ねる形で映画を映していくことに。

スクリーンショットだとかなり荒いですが、実際の画質はかなり綺麗。ここに関しては文句なし。
とはいえ、パススルーによる現実の風景は少々期待以下。
既にパススルーを実現していたMeta社のQUEST3を試した時もパススルー画質には不満があり、
それよりはだいぶマシだとは思うものの、パススルーを通じて現実の映像を見たいとは思わないかな。


重ね合わせた最大長がこちら。
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現実の映像を消してバーチャルな背景にすることで天井などの干渉も無視できるので、140インチを優に超えるサイズ感での投影が可能でした。
ただし、視野角がどうしても狭いので現実以上に大きすぎる画面が見づらいという問題があり。
大きいスクリーンで楽しむ、という目的であればやはりリアルなホームシアターシステムに勝るものはないかと思います。

ただ期待以上だったのは音質で、十分利用に耐えうるものでした。
画質も十分なので、寝転んで映画を見たりといった用途には向いていると思います。


■意外と楽しい映画以外の使い方
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もともと映画が満足する品質で見られればそれでいい、というだけだったのですが
意外と面白いと思ったのがアプリを好きな位置にセットして無数に展開する機能。
TV曲のコントロールルームみたいな、無数のディスプレイが並んでいる環境を簡単に作れます。
Primeのアプリは1個しか開けないみたいだけど。

現実の映像ともミックスして出すことができるので、
現実のモニタを操作しつつ
モニタ右にバーチャルブラウザで動画を流し
左にはバーチャル空間上のDiscordを配置し
特大ポスターのように画像を壁にセット、みたいなことがなかなか面白い。

空間を自由に使う、というのはこれまでにない体験でした。


■で、結局流行るの?

まだまだ出来ることを試しはじめたばかりなものの、パススルーの画質を覗いては大きな不満はないvision pro。
細かい問題はありますが、すでに発表されているvision OS2である程度改善は期待できます。

けれどこれが普及するかというと、まあ難しいだろうなと思います。
価格、パススルー画質、操作性、対応アプリの拡充、
このあたりは次の世代では改善することは期待できます。

ただし、仮に値段が10万になっても、パススルー画質が現実同様クリアになっても、操作が簡単で対応アプリが増えても
これくらい大きい機械をわざわざ被るというのはそれだけで億劫なもの。
これまで多くのHMD機器を使ってきて、これだけはどの製品も克服できていない致命的な問題だと思います。

Appleはスマートグラスも開発していると報じられており、X REAL AIRなど既に製品化されているスマートグラスもあります。
こちらはこちらで試した範囲ではまだ物足りないのですが、いずれ現在のVision Proと同等以上の体験を
提供できるスマートグラスが発売されたなら、その時は夢見たものが実現するのではないかと期待しています。

まだ夢の途中という感想のvision pro。
とはいえ、確かに少し先の未来を先取りできる気分を味わえるので
しばらくいじり倒してみたいところ。
posted by ポワロ at 03:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年06月17日

if then else end

■差し出されたものに。

近所に個人経営の珈琲店がある。
こだわりのお店らしく、厳選した豆を挽きたてのうちに販売してくれるというものだ。
量販店で売ってるような豆と比べると些か値段は張るが、素人にも品質が違うことは分かり
ここ1年かそこら、月に1,2度のペースで利用をしていた。

していた。

ある日、購入した豆とは別に2,3杯分程度の少量の豆を一緒に包んでくれた。
新しい豆で、私が普段よく買っている豆と味の傾向が近いらしい。
よろしければお試しください、と控えめに老店主は差し出してくれた。

私は。
この店の豆がいかに気に入ってるかを饒舌に語り、
店主のこだわりを語ってもらえるよう水を向け、
頂いたサービスに深く礼をし。

そしてその日以降、店に足が向かなくなった。


■いい店だったのに

ネット上に次のような内容のスレッドがある。
いきつけの定食屋で「いつもありがとう」と言われたのが原因で「もう行けない」というものだ。

私は、強く共感する。

友人とも何かの折に似た様な会話をして、共感を得たことがあった。
わかるわかる。あれ、もう無理になっちゃうよね。

勿論そう感じない人もいる事は理解しているものの、その気持ち自体は誰もが共感し得るくらい当たり前のことだと思っていた。
「自分はそうは思わないけど、そう思う人もいる事はわかるよ」みたいな。
が、どうやらそうではないらしい。
世の、決して少なくない人間にとってこの気持ちは完全に理解の埒外であるらしい。

そんなバカな。

しかし、改めて何故と問われると自分自身、理由が判然としないことに気づく。
当たり前すぎて理由を考える事すらしなかったが、なぜ自分は「無理」なのか。

どうして自分は、これを書いている今もなお、あの珈琲店に足が向かないままなのか。


■覚えられるのは構わないけれど

「行きつけの店で声をかけられるのが嫌」というのも、どうやら複数のパターンがあるようだ。

一つは、覚えられていること自体が嫌というケース。

ただし個人的にはこれは当てはまらない。
例えばコンビニのような小規模な店で毎回同じものを買っていれば嫌でも覚えられるだろうし
あだ名の一つもつけられているかもしれない。
けれどそれは、地球の裏側で起きていることに対して共感するのが難しいように、
自分の知らないところで自分が覚えられていようと、どう思われていようと気にすることは逆に難しい。

そしてもう一つ、異なるケースがある。
定義済処理から外れる事へのストレスだ。


■分岐処理

客であるという立場を笠に着て横柄に振舞う人がいる。
あれには眉をひそめてしまう。
我も人、彼も人。
そこに構造上の優位性が生まれるのだとしても相手を尊重した振舞いをすべきだと思う。

一方で、相手を一人の人間として認識し尊重しながら、まるで自動販売機のように関心を持たない矛盾がある。

相手を、機能を提供するインターフェースとして扱っているのだろう。
商品を売る、サービスを提供する、といった機能を果たすことだけを相手に求めている。
それは自分自身さえも例外ではなく、主には代金を払うという機能を、恙なく果たすことに専念している。
機能と機能の交換を滞りなく果たすにあたり、ルールに沿ってさえいれば余分なことを考える必要はない。
これをください。支払いはカードでお願いします。ポイントカードは結構です。ビニール袋もいただけますか。ありがとうございます。

だが、そこにコミュニケーションが生まれると例外処理が発生する。

「いつもありがとう」
お礼の言葉に対してなんと返すのが適切か?

「よければこの珈琲豆も試してみてください」
ちょっとしたおまけに対しどう反応するのがふさわしいか?
行く頻度を増やした方がいいのか?ついでに一品買うべきか?

急遽想定していない判断処理が発生し、脳は過負荷に陥る。
プログラムは想定されていないデータが入力されればエラーに陥る。
それを回避するため、急遽入力された値に対して分岐処理を追加しなければいけない。

「いつもありがとう」
この店の豆がいかに気に入ってるかを饒舌に語る、処理を追加する。
「よければこの珈琲豆も試してみてください」
店主のこだわりを語ってもらえるよう水を向ける、処理を追加する。
頂いたサービスに深く礼をし、処理終了。

長年こうして生きてきた、この道のプロだ。ここまでのコーディングは高速に行える。
おそらく傍目にはそこにタイムラグはないだろう。
最初から用意してあったかのように。あるいは処理など必要とせずにアドリブで返しているように。
それでも急なコード修正に脳はクタクタで、次回以降もこれが発生する可能性を思えば足は遠ざかる。


結局のところ。
コミュニケーションが自動的である癖に、
事前定義から外れたデータを無視もできず、
咄嗟に例外処理を組んでしまう程度には人にいい顔がしたいのだろう。

そうして私は、また来ますと言って去った店にもう行かなくなる。



まあだから、どうという話でもない。
今更何か直せるような話でも、直そうと思う話でもない。
ただ自分が何を思い、なぜそうするのかが分かったという、ただそれだけの話。
posted by ポワロ at 01:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする