■甘さ控えめではない
ミルクセーキという飲み物がある。
牛乳、卵に砂糖、ちょっと気を利かせるなら更にバニラエッセンスを加えて混ぜるだけのシンプルな飲み物だ。
近年では少し時期もズレたようだが、私が中学生の頃は12月あたりから雪が降り始め2月過ぎまで積もったままだった。
そうなると登下校は自転車から徒歩になり、月に1度程度雪かき当番がある。
まだ暗いうちから家を出て吹雪の中登校するのだが、それは今回重要ではない。
その日、自転車に乗っていた。
なので時期的には雪が降りだす前、11月末というあたりだろうか。
吹き付ける風に唇の震えが止まらなかった、あの寒さを昨日のことのように覚えている。
私は部活動でハブられていた。
■右に同じ
通っていた中学では部活動参加が義務付けられていた。
演奏がしたい、将棋が好きだ、家庭科に興味がある、そういった強い希望を持つ生徒は文科系の部活に入る。
あるいは運動神経に自信がある生徒、人より目立ちたい生徒はバスケットやサッカー、テニスのような花形部活に入る。
そのどちらでもないごく普通の生徒は、なんとなくそれ以外の運動部に入るのがお決まりだった。
花形部活はついていけそうにないけど、文科系は暗そうだから。
明文化されることのない、あるかないか分からない「空気」に従う生徒が大半で、私もその例に漏れなかった。
そうやって消極的に、消去法的に選ばれた部活動には似たような生徒が集まるもので、上級生から下級生まで等しく似た者同士だった。
あまり主張せず、目立たず、皆と異なることを嫌う。
昼食となればクラスで机を寄せ合い、一人で食べたりはしない。
道を歩けば全員が横並びで、自分だけが列から外れることを厭う。
改めて思い出すと笑いが出るが、中学生の自分にとっては切実な処世術だった。
ウン年後のお前は、一人焼肉も一人居酒屋も一人遊園地だってやってるぞ。一人ベイブレードはまだだけど。
閑話休題。
部活動は別に面白くもなかったが、そこは悪目立ちしたくない一心でやっているものばかり。
さぼる人間もおらず、風邪でもなければ毎日の放課後を義務的に消化していた。
とは言えそれなりの人数が集まればイレギュラーは発生するもの。
二人、部活には来るが練習には全く出ない同級生がいた。
苗字が少々珍しいので、便宜上X、Yとする。
XとYは、部室に籠って雑誌を読んでいるのが常だった。
部室には来ているのだが練習している姿を見たことはなく、練習が終わる頃にはいつのまにかいなくなっていた。
不良と言うほどではないものの少々物言いが乱暴。
少なくとも部活動というコミュニティにおいては「皆と違う」タイプであり、親しくすることもまた「皆と違う」ことを意味していた。
■人の噂も75日
中1は過ぎ、中2になってすぐ上級生は1回戦負けの引退、さて最上級生だというのもつかの間
あっという間に自分たちの引退も見えてきた中2の11月。
私は部活動でハブられていた。
今となっては理由は全く覚えていないが、部活全体からハブられていたことを思うに何かしら自分に非があったのだろう。
あるいは、単に攻撃出来る理由があっただけかもしれないが。
いずれにしても皆と同じであるために入った部活動において、分かりやすく孤立した事は中学2年生の自分にとっては辛いことだった。
帰り道「人の噂も75日」とボヤきながら、嵐が過ぎ去るのを耐え忍んでいたことを覚えている。
そんな日々を1週間、1か月、あるいはもっと続けた後、ある日我慢しきれず大泣きをした。
おおびっくり。こんなに泣けるものか。
中学生にもなると泣くのは恥ずかしいという自尊心があり、泣くことなど早々あるものではない。
だが泣いた。
正確には、涙がこらえられないことを悟ると競技場から逃げ出し、部室に駆け込んだ。
XとYがいつも通り雑誌を読んでいた。
探せば誰もいない場所もあったのかもしれないが、冷静にそこまで考えるほどの余裕があれば泣いてなどいない。
腹痛を我慢して我慢してようやくトイレに入った時のように、部室に入った自分はもう泣くことが止められなかった。
さすがにXもYも雑誌を読むのを止めていた。
目の前に大泣きする人間がいたらどんな対応を取れるだろうか。
見なかったことにしてその場を離れるか、とりあえず声をかけるかのせいぜい二つだろう。
そして二人は後者を選択した。
なぜ自分がハブられていたのか一切思い出せないので、
その時二人にどんな話をしたのかも当然ながら全く覚えていない。
ただし二人の反応は覚えている。
怒った。
こちらがちょっと引くくらいの勢いで怒った。
部活動に来ても部室に籠りきりだった二人は、私がハブられていることも全く知らなかったようで
これまでのあれこれを聞くや激怒した。
え?そんな怒る?
別に友達とかでもなかったよね?
というかちゃんと話すの自体これが初では?
今から部活に乗り込んで暴れ出しそうな勢いだったので、逆にこっちが止めることになった。
いや自分が悪いんだよとかなんとか言ったかもしれない。
二人をなだめるのに必死なうちに涙は止まっていた。
説得のかいあってか、あるいはそういうポーズをとっただけだったのか、いずれにせよ二人は殴り込みを思いとどまった。
ほっと一安心、空気が弛緩したところで
「じゃあ帰るか」
まだ部活中なんだけど?
―――帰ることになった。
■ミルクセーキ
思えば部活動への所属は必須であっても部活への参加は必須ではないので、別に休もうが帰ろうがそれは自由な話だった。
ましてうちの部活動は顧問もほとんど来ないので、参加はあくまで生徒の自由意思だった。
しかし部活途中で帰るという発想はなかった。
なにせ皆が毎日参加して、練習終わりまで残っている。
そこを自分だけが抜け出すなんてことをすれば浮いてしまう。皆と同じではなくなってしまう。
人と違うことはしたくない。たとえハブられていて、針の筵のような時間にあっても。
あるいは、部活動を早退して家に帰ることで親に心配をかけたくないという気持ちがあったのかもしれない。
けれどその時、「帰るか」という言葉に自分は何の抵抗もなく乗った。
そうか、帰っていいのか。
そうして、2年以上同じ部活にいたのにほとんど会話したこともない同級生と並んで自転車に乗っていた。
違和感しかない。
何か相談したわけでもなく、校門を出たところで自然と「じゃあどこにいく?」という話になった。
しかしこちらは部活早退初心者、この時間からどこかにいく選択肢を持ちあわせていない。
黙っていると、XとYは二人がよく行くルートに連れて行ってくれた。
来た事のない書店の、店先にあるアーケード筐体。
今はあまり見かけないが、4つのゲームが入っていて選べるようになっていた。
別に買うものもないようなホームセンター。
板とか見てどうするんだ?
エトセトラエトセトラ。
二人の家にも行ったが、家族が帰ってきたところでお暇した。
二人にも色々あったのだろう。
そして最後に、二人の家の近くにある公園に到着した。
それまで、二人が中学のすぐ近くに住んでいることも、小学生からの友人同士であることも知らなかった。
寒かった。
まだ雪は降っていなかったが吹き付ける風は痛く、唇の震えは止まらなかった。
XだったかYだったか、近くの自販機で買ってきたホットドリンクを投げよこしてきた。
ミルクセーキという聞きなれないドリンクだった。
二人のおすすめだというそれは、中学生の自分でも甘すぎた。
けれど、暖かだった。
■冴えないその後
物語であれば、XとYとは以降無二の親友となり、大人になってからミルクセーキを一緒に飲むところだが
生憎そうはならなかった。
始まった理由も思い出せない部活動でのハブりは、やはり終わった理由も思い出せないまま唐突に解決した。
覚えていないだけで私が何かしたのかもしれないし、あるいは特に理由もなかったのかもしれない。
75日は続かなかったと思う。
そうして「皆と同じ」に戻れた自分はどうしたのかというと、どうもしなかった。
自分をハブってきた皆と決別することもなく、苦しい時助けてくれた二人との距離を詰めることもなく。
ただ漫然と中学を卒業し、皆とも二人とも別れ、新しい人間関係を構築した。
全く冴えない顛末だと思う。
それでも、あの時のミルクセーキの暖かさを忘れることはないだろう。
それはそうとして、ミルクセーキとは本来冷たい飲み物らしい。
それでも自分はホットのミルクセーキこそ本物であると言いたい。
寒かったあの日、確かに暖かさが嬉しかったから。